先日お客様(以下、Aさん)からいただいたご質問のやり取りが興味深かったのでご紹介します。
【Aさん】
「つい最近、蕎麦に強いこだわりをもっている知人から朝一番に挽いたっていうそば粉を貰ったから、その日の昼に早速打ってみたら、水回しの時にちょっと変わった変な香りがして、蕎麦もボロボロの団子になってしまった。最初は自分の鼻と舌が利かなくなったのかと思ったけど、本人に聞くのも忍びないから粉屋さんに聞いてみようと思って」
【僕】
「何がどうおかしいんですか?」
【Aさん】
「自分が挽いて打つ粗挽きのそば粉は、難しいけど繫がってくれるし香ばしい蕎麦の香りが立つんだけど、貰ったそば粉は細かく挽かれていて繫がり良いんだろうと思って打ったらボロボロの団子状になってしまって、香りも蕎麦というより何か違う香りというか”臭い”に近いものを感じるんだよ。その人とかそば粉の品質を疑うわけじゃないけど、これはこの蕎麦特有の美味しさというか特徴なんだろうか?」
【僕】
「蕎麦の香りではなくて臭いですか・・。例えば、それってちょっとカビに似た鼻につくような感じですか?それともビニールのような化学物質系の臭いですか?」
【Aさん】
「ああ、そうかもしれない。カビというほどではないけど、そう言われると鼻につくかも」
【僕】
「なるほど。その方はどのようにソバを保存されていて、どのように挽いたか聞かれました?」
【Aさん】
「玄そばはビニール袋に入れて口を閉じ、10℃以下の冷蔵庫で保管していて、常温に戻してから挽く。で、今朝挽いたものをもらったんだ。」
【僕】
「実物を手にしていないので何とも言えませんが、冷蔵庫に一緒に入っている他の食材や野菜類の香りが移ってしまっているか、あるいはカビの影響があるかもしれません。
玄そばは低温でさえ保管していれば劣化が防げるというわけではないんです。「湿度管理」も重要で、保冷庫などで保管する場合、例えば庫内で一緒に保存している出汁をこぼしてしまったとか、雨の日など湿度の高い日に扉を長い時間空けておいたとかで庫内が多湿になっていたりすると、低温でもカビが発生して玄そばにそういう臭いがついてしまうことがあります。保管する倉庫が山間だったりすると涼しくても多湿だったりします(コケやシダ植物が育ちやすい環境)。細菌類が繁殖しやすい環境での保存は涼しくてもダメです。」
【Aさん】
「玄そばは低温保存してるしその人もソバに精通していて信頼しているから、自分もこれは美味しいと疑いもなく確信していたけど、言われてみると思い当たる節があるなぁ・・」
【僕】
「福井のソバは収穫してから乾燥する際に、多乾燥によるソバの香りや味わいが失われることをできるだけ抑えようと、他産地に比べ1~3%ほど含水率が高く仕上げています。ということは、その分、野菜に近い感じになるので保存に気を張らないと品質が維持できないわけです。なので、低温度帯であっても湿度が高いところで長期保存した場合、カビの被害に遭いやすくなります。産地に限らず玄そばの保存は大切なのですが、中でも福井県産の玄そばやそば粉は、野菜を保存するのと同じように細心の注意を払っていただかないとダメになってしまいますよ。」
【Aさん】
「低温倉庫に入れておけば万事OKというわけではないってことか。蕎麦は難しいね~。でもよくわかったよ。」
【僕】
「Aさんも気を付けてくださいね。あと、蕎麦は急な温度変化を嫌います。高温での保存は当然ダメですが、涼しい場所で保管していても近くに熱源(キッチン、ストーブなど)があって一時的に保管場所の温度が上がったりすると、それがソバにストレスになって結果的に品質を下げてしまいます。それからビニールも色々で、素材によっては酸素を通すものもありますから、非透過性のものをちゃんと選んで密封保存してくださいね。」
【Aさん】
「そういうこともあるんだ。なるほど、勉強になった。」
【僕】
「それは良かったです。それにしてもAさん、普通、信頼している方から貰ったそば粉だったら無条件で”良いもの”と思い込んでしまうものだと思うんですが、よく変だなってなりましたね?」
【Aさん】
「自分で粉挽きもやるから粉屋さんほどじゃないけどいろんな粉を見てきているし、今まで感じた蕎麦の香りとは質が違っていたから違和感というか、旨い不味いに限らず、なぜこんな香りになるのか、どうすればこんな香りになるのかを知りたかっただけ笑」
【僕】
「貪欲ですね。さすがです。」
蕎麦の楽しみは、挽く、打つ、食べるだけにあらず
そば粉が悪くなってしまう原因は様々あります。
今回の問題点は、挽きたてなのにどうも粉の状態がおかしい、水回ししたときに変な香り(蕎麦の香りとは違う臭い)がするというものでした。
そもそも論ですけど食材の保存は本当に難しいです。プラスチック系の保存容器を使用する場合、プラスチックの臭いがそば粉に移ってしまったり、真空包装したとしてもビニール素材の臭いや保冷庫(冷凍庫)の臭いがついてしまったりしますので、正しく保存することに心がけましょう。
ソバは全国各地、色々な品種や栽培方法、特殊な技法によって様々な香りや味わいがあります。どうしたらこのような香りになるのか、品種なのか、挽き方なのか、打ち方なのかを探ってみるとそば打ちをまた違った視点から楽しむことができると思います。
うんちくやこだわりをそのまま飲み込んで美味しく食べるのが一番かもしれませんが、うんちくもしっかり聞いた上で味を見て、自分の考えを周りにごり押しすることなく正しく評価できるようになりたいですね。
ソバは栽培から食べるまで非常に多くの工程や人的作用が加わります。
[栽培]:作り手のノウハウや土壌、気象条件、品種、乾燥調製のスピードと技術
[製粉]:玄そばの品質を維持する低温管理と石臼・機械製粉の技術
[製麺]:そば打ちと茹での技術、美味しく食べさせるメニュー作り
これらすべての工程において、一つでも失敗してしまうと全てがダメになりますが、出来上がった蕎麦が悪かった場合は、品質や道具のせいにする前になぜ悪くなってしまったのか、まずご自身を見つめ直すところから始めることが大切です。自分の工程に良くなかったところはないかを一つ一つ掘り下げていくことで、どこに原因があるか判断できるようになるかと思います。
それにしてもソバは奥深く面白いと感じた時間でした。
[5月13日(水)]
天気:晴れ
石臼工場内室温:16℃
石臼工場内湿度:52%
———————————-
■末吉の越前そば粉オンラインショップ
挽きたて越前そば粉の通販やお取り寄せ、少量のお取引
■越前蕎麦粉製造元カガセイフン
業務用そば粉、オリジナルそば粉のご提案、そば粉のサンプル請求(営業店様のみ)、営業店様、法人様のお取引
■カガセイフン企業サイト
明治以来、石臼挽きの福井県産越前そば粉をお届けする、株式会社カガセイフンの取り組み
■あなたの蕎麦がいい
製粉に命をかける五代目社長と、蕎麦が大好きおかみの日記
※このブログ内の文章や画像を弊社の了承なく複製、使用することを禁じます。