おかみの毎日」カテゴリーアーカイブ

桜3月散歩道、大好きな3月です

皆様 お変わりなくお元気でいらっしゃいますか?

はや春のお彼岸もすぎ、年度末になってまいりました。

まだ新年のご挨拶も申し上げていなくて、心よりお詫び申し上げます。

では、改めまして、平成30年 今年も(株)カガセイフンをよろしくお願い申し上げます。

今年は、1月11日までは今までと変わりないお正月で、普通に生活していましたが、12日の夕方から今年初めての大雪に見舞われて、生活が一変してしまいました。子供のころから何度も何度も経験してきた雪国の生活が始まったのです。

まだ降り始めはそんなにひどくなるとは思わずにいましたが、13日の朝起きて外を見てみると、本当に一面の銀世界…なんてかわいいものじゃない。家がすっぽり雪に埋まってしまっています。

玄関前の雪かきから始まって、車を車庫から掘り出して、会社まで来てみると、会社の駐車場もすっぽりと雪に埋もれています。ちょうどお休みをいただいていた土曜日でしたが、会社に入り、ママさんダンプと呼ばれる両手で雪を運べる大きいスコップといっていいのか?を持ち出して、雪を敷地の隅まで運ぶ作業を続けました。でも、雪は降りやまず、30分ほどで切り上げて帰りました。

体がひどく冷えて、いつもとは違う寒さだと思いました。でも、少しでも雪をどけておくと月曜に出勤した時が楽なので、これで良しとしました。

この雪は10日ほどで融けたのですが、その週末から第2波の大寒波が襲ってきました。また雪に埋もれた生活。だいぶ雪が嫌になってきていました。この時積もった雪が消えないまま、2月の大雪に突入することになります。

2月5日、朝から雪が降りやみません。夕方にもそこそこの積雪がありましたが、まさか翌日から全然動けなくなるなんて思いもしませんでした。

6日朝、外を見てみるとここ数年でも見たことがないほどの雪。玄関前から雪かきを始め、カーポート前にとりかかろうと思いましたが、除雪車がよけていった塊の雪が重くて硬くて、とても車を出せるほどに除くことができません。その雪をよける場所もないくらいの雪の山があちこちにできていることもあり、この日は車を出すことをあきらめました。

でも会社には行かないといけないし、やっぱり要るよなぁと思い直し、塊を崩して雪山の上に積み上げて、車が出られるくらいに両横の雪の壁も崩して、何とか出られたのはもう10時もまわっていたかと思います。あちこちでスタックした車がある中、会社までたどり着いたのはいいけれど、今度は会社の駐車場に入れない。ふきっさらしのそこはすでに1M近く積雪があり、雪かきなどできる状況ではありませんでした。たとえ雪かきをしたくても、その間車を停めておくこともできないほどに周辺の道路も埋もれていて、この日の仕事はあきらめて自宅へ向かいました。

その帰り道もまたひどいことになっていて、渋滞の列についてからは数センチ動いたかと思うと停車、しばらく動かないの繰り返し、その間も雪は降り続いています。見る間に車の屋根に雪が積もり落ちてくる状態は本当に怖いと思いました。この時にニュースになった国道8号の渋滞も始まっていたのですよ。

10分ほどで帰れる家まで1時間以上かかってたどり着き、今度はこの車を入れるためにまたまた雪かきをして、走ってきた他車に待ってもらい、何度か切り替えしてどうにか納めました。ただただ疲れた~。この日は社長が歩いて会社へ行き、お客様の対応をしてもらえたけれど、翌日からの通勤のことを思うともう歩くしかないと覚悟をしました。

7日も降りやまない雪を見ながら、一路会社へ。普通に歩くのだと30分ほどで着きますが、車の列をぬっての雪道では思うように歩けず、やはり1時間近くかかりましたね。

電話応対、出荷ができない状況説明、雪かきしようにも積もりすぎてとても人力では手におえない苛立ち。配達のワゴン車の1台も掘り出せないので、歩くしか他ないなんてことが起きるとは思いもよりませんでした。そしてこれが翌日のトラブルにつながってしまうのです。

8日朝、ダウンコートにカッパズボンに完全防水の長靴と毛糸の帽子をかぶって、昨日と同じように歩いて会社へ向かいました。昨日と違っていたのは傘。雪の降りが昨日よりも激しく、帽子だけでは髪まで濡れてしまうようだったので、傘をさして歩いていたのです。

昨日と同じ道なのに、除雪車が通った後で雪はカチカチの圧雪に、表面はつるつる滑るのにその上に柔らかい新雪が積もって道の状態が分からなくなっていました。こういう道は本当に怖いんです。

一歩一歩足を置くように歩いていましたが、傘でバランスが崩れたのか思いがけず両足で滑ってしまいました。体を支えたのは左手だけ。手をついた瞬間「アッ!これやってしまったな!」と思いました。手首が動きません。しばらくすると指が腫れてきました。

とにかく会社に行かないと始まらないと、左手を支えながら歩き続け10分ぐらいで会社到着。痛みがひどくなってきていました。でも、会社に着いても車は埋もれたまま、近くのタクシー会社に聞いても、車はあるけれど運転手がいない、だれも来ていないとのこと。

いつも診てもらっている整形外科に電話をしてみたら、両院とも「本日は休診日です」。そうだった木曜日はお休みのお医者さんが多いんだと気がつき、もう選択肢は救急車しかないとなりました。電話をして待つこと30分、会社から県立病院まで20分ほどかかりましたが、救急で診てもらえることに。有難かったです。間違いなく「左手首骨折」でしたが、先生から頭を打たなくてよかったねと一言いただきました。基幹病院としてはたくさんの怪我人が来た日だったようですよ。

腕に添え木をするのも三角巾で腕をつるのも生まれて初めてのこと。1週間後に手術をすることになり、それからは娘に手助けしてもらいながら日を送りました。まあそうは言っても、仕事は放っておけないし、日々の生活は休むわけにいかないので、右手と口でいろいろやっていましたよ。

私がけがをした後、会長、社長、社員の男衆3人で軽ワゴンを1台掘り出して、配達に出られるようにして、それまで行けなかったところの配達を済ませたよう。私は家に帰って、主人に連絡を取りながら帰りを待っていました。夜10時ごろにようやく帰ってきて、金沢まで配達してきたといいます。佐川便もヤマト便も全く動かず、それでもそば粉のご注文はいただくので、北陸自動車道が開通したこともあり、金沢市内だけ回ってきたと。この怪我を本当に申し訳ないと思いました。

不注意ではないのだけど、年をとるということはこういうことなんだと自覚しました。リハビリも続けています。左の中指と薬指が上手く曲がりません。握力も弱いです。重いものも持てません。不都合を持ちながら仕事をしています。少しだけそれをカバーしてくれる人がいればと思いましたが、結局こういった人間は必要ないのだとわかってきました。

そろそろ引退を決めないといけない時でしょう。「老兵は去るのみ」いまわが社にいるスタッフはみなそう思っていると思います。年寄りががんばっていていい時代ではなくなっているとひしひしと感じます。30代の中に60代が二人だけいる訳ですが、たぶん皆が私達夫婦をどう扱うか考えあぐねているのでしょう。引き際を決めなくては。

長々とお付き合いいただきましてありがとうございました。

今回でこのブログも終わりにしようと思います。

何の知識もなく、ただ40数年この商売を担いできただけのおばさんです。

ご迷惑もおかけしたと思いますが、お許しくださいませ。

今後は若い世代で会社を運営していきます。

若さは溢れていますが、経験というところではまだ未熟な者たちです。何分よろしくお引き立ていただきますよう心からお願い申し上げまして、最後のご挨拶とさせていただきます。

本当にありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乳がんとはいったい?

こんにちは。

今日は8月14日月曜日です。

皆様はゆっくりと旧盆のお休みを楽しんでいらっしゃいますか?

私どもの会社は本日営業しております。なかなかきつい注文数ですが頑張ってますよ。

ところで、昨日新聞のお悔み欄に知り合いの奥様の名前を見つけ、本当にびっくりしました。

お元気だったんですよ。とっても。

まだ59歳。若い。

何があったのかわかりませんでしたが、弊社社長とも親しくしていただいていたので、お通夜には息子が参列して、今日はどうしてもお見送りしたくて、私がお葬式に列席してきました。

喪主のご主人のお話では、14年ほど前に乳がんが見つかり、治療を続けてきたと、10年が過ぎて、もう完治したんだろうと思っていたところに、再発して全身に転移していることが分かったとのこと。

とても辛い時期もあったと思うが、それでも元気に生活をしてきてくれた。が、この春からは、がん細胞が背骨などに巻きついてしまって、歩くことができなくなったと。

私の父も、膀胱がんから転移して、背骨や胃の周りに細胞が巻きついて、歩けない、食べられないといった状態でしたから、その様子は想像できます。

ご主人の支えで過ごしてこられたのでしょうか。

私がこの方を知ったころにはもうがんと闘っていらっしゃったんですよ。なのに、とても元気で明るくてその人柄から、〇〇姫と皆さんから呼ばれていた訳がよくわかります。こんな私にも「カガママ」といって親しく付き合って下さいました。ありがとうございます。もう仏様になってしまわれましたが、心穏やかにお過ごしくださいね。

でもこの「乳がん」というのはいったい何者なのでしょうね。

多くの女性の命を簡単に奪っていく。

6月に亡くなられた小林痲央さんの記憶が褪せない間に、またこの病気で亡くなっていく人がいる。女性なら誰でもなりうる、誰の身に降りかかっても不思議ではない病。

早期発見、早期治療が重要といわれて毎年検診に行ってますが、実際そういう診断を受けると、どんな気持ちになるのか、本当に辛い、怖いことでしょうね。

私はご近所の奥様達と、毎年新年会と温泉行きの会を続けています。私がこの会に入れていただいたのが30年ぐらい前でしょうか。その間にメンバーの出入りはありましたが、総勢15名で今もいろんなお店や温泉に行って楽しんでいます。

その中でも二人の方がこの乳がんになって、その人たちの口から診断されてからのことや治療のことなどの話を聞かせてもらいましたが、父の時のように抗がん剤も使い、放射線治療もあるとか。そして、何より全摘するかどうかの話はこの年になってもこたえますね。

癌というものをやっつける方法はまだ見つからないのでしょうか?

優秀な頭脳を持っていらっしゃる研究者の方たちにもっと頑張っていただきたいと切に願います。

どんな年令だって、家族がいなくなるのはどうにもならないぐらいに寂しく辛い。

私の母も新盆です。

帰ってきているんでしょうね。

でも、忙しくて家にいられなくて、お寺様へ11日の納骨のお経さんをもらいにも行けなかった。ホントごめんね。お墓詣りには、娘も孫ちゃんもみんなでいけて、にぎやかだったでしょう。月命日にはお寺さんに来てもらって、お経さんいただいたからね。

お盆の最中に仕事しながら書いてしまいました。

皆様、よい休暇をおすごしくださいませね。

さて、仕事仕上げましょうか。

 

3月に入りました。桜3月になりますか?

おはようございます。私の誕生月の3月に入りました。

 

…とこう書いて、はや30日近くが過ぎてしまいました。

もう明日で3月も終わりです。3月は「去る」と俗に言われますが、本当に早かった。

年をとるごとに、日が過ぎていくのが早いなぁと思うようになっていますが、今年は特に早かったように思います。

弊社は4月1日より新しい販売ソフトを導入することになり、その前段階の試験運用と既存のものと並行して動かしていたものですから、毎日そのデータが間違っていないか確認しながら、工場での作業も進めて、年齢に合わない仕事量をこなしていたように思います。

今年度の決算は既存のもので仕上げますので、両方とも同じデータで動いていないと困ることになりますので、いつもより注意を払いながら打ち込んでいました。これは疲れましたね。

いよいよあさってから本格始動になります。

しばらく見慣れない納品書でお届けすることになりますが、よろしくお願い申し上げます。

さて、明日で今年度平成28年度が終わりますが、この1年を振り返ってみて、私にとって一番大きかった事柄は、母が亡くなったことですね。

平成3年に父が65歳で亡くなってから、私どもと一緒に生活していましたが、母は四半世紀の間一人で生きてきたわけです。

父と今は一緒にいるのかなとか、若い父は母のことがわかったかなとかいろいろ思いますが、それでもここまで寿命を永らえたのはなんだったんだろうかと最近よく思います。

もっと早く父が呼んでも当り前だろうに、母は心不全という病気を持ちながら86歳まで生きました。本当はもっと長生きしたかったのかもとも思います。

そこで思うのは、私の為?

ということです。

母は私が心配だったのかなと思うのです。

亡くなって3か月が過ぎた今、母とゆっくり話したいと思うようになってきました。

私は忙しすぎるんです。

自分でもわかっています。

なんだかだといろんなことを思って動きすぎ、いろんなことを抱えすぎ、そしてイライラしすぎなのです。

そんな私は母の介護ができませんでした。

施設にお願いするしかありませんでした。

その隙間で、母を見舞い、欲しいもの、したいことをしてあげていただけ。

その私に、「あんた忙しいんやろ?体気をつけねや!」と行くたびに言ってくれました。私を気遣ってくれるのも母だけで…。

それが、もう自分がいなくても大丈夫と思ったのでしょうか?足早に逝ってしまいました。今はゆっくりと気楽に、心臓の辛さもなくいてくれると思っています。

母娘でもいろいろありましたが、心からありがとうと言いたい。

そして、今季が終わったら、仕事第一ではなくて少しは人間らしい生活に戻していこうと思います。そうなれますかどうか、見てのお楽しみ?

ここまで読んでいただいてありがとうございます。

 

3月に撮った写真を上げておきますので、しばらくお楽しみください。

大津であった盆梅展のもの 天井まである大きな紅梅の一鉢です。

 

ここからは姫路城をパシャリしたもの まず登竜門から。

 

天守からのながめでーす。


 

こちらは京都の東寺です。特別公開日でした。

 

 

そしてこれ、ご存知ですか?

御涅槃団子とこちらでは言われていますが、お釈迦様の命日に供えるお団子ですが、友人の実家である福井の地蔵院でつくられたものをいただきました。

色とりどりのお団子は、春らしくてみていて楽しい。

子供のころは、軽く焼いて食べたりしましたが、不思議な感じでしたよ。

今回はお雑煮にしていただきました。美味しかったです。

それからこんなぎっしり詰まったクッキーを関東の友人から送ってもらったんですが、皆様ご存知ですか?

これは買えないクッキーだそうです。注文してもお店の順番でしか買えないと有名なものだとか。福井では聞いたことがありませんでした。

一度出してしまったら二度と詰められない状態でぴっしり詰まっています。少し食べてしまいましたが、さくっとあっさりしていて、歯にくっつくのが苦手な私でも食べられます。

「昨年の10月にお遣い物にしたくて注文したけど、今ごろよ、届いたの」と電話の向こうから聞こえてきました。ありがとうございます。

そんな貴重なものをいただいて感謝です。またお蕎麦送りますね。待っていてくださいね。

では、そろそろ仕事に戻ります。

新しいお客様から難しい試作品を頼まれていまして、どう製粉しようか考え中にブログを書いているという呑気なおかみですが、考えがまとまりました。気を入れて石臼に向かいますよ。

 

10月、新そばが待ち遠しい今日この頃です。

10月に入ってもう半月が過ぎようとしています。だいぶ涼しくなってきましたが皆様お変わりありませんか。

私も何とか元気にしていますが、なかなかに疲れがとれなくて、年をとるというのはこういうことから実感してくるものなのでしょうね。今は75%ぐらいの力で仕事してますが、やがてそれももっと落していくことになるでしょう。仕方がないしそれでいいということですよ。

さて、今年とれた夏そばも在庫がなくなり、福井の秋の新そばを待つばかりになりました。北海道はもう新そばが出荷されているのですが、今年はいつもの年とは違い、複数の台風が北海道に上陸して新そばへの被害が大きいようです。それに連れて価格も高騰しています。本当にこの時期は、いつもいつも新そばが無事に入荷することを祈るようになっています。

弊社への新そばのご予約もいつもの年のようにたくさんいただいておりまして、誠にありがたく心から御礼申し上げます。当地も先週半ばに台風が通過しまして、せっかく黒化が始まったソバたちが落ちてしまわないかと心配でしたが、何とか持ちこたえてくれた様子。こちらも有難い。丸々と実ったソバを丁寧に製粉して皆様のところにお届けしたい、美味しく食べていただきたいという想いが通じましたか。

というような状況で、ただ今はTAKE OFF前のざわついている時間と同じでしょう。何かしないといけないのでしょうが、何もすることがない、できない、その時を待つだけ な感じです。

今月に入ってから経理担当の私がしていたことは、カガセイフン便りの原稿を書いたことと中間決算の作業を終わらせたことと久しぶりにブログを書こうかと思ったことですね。そうしてこれからは、日に日に今日は何をしようと考えるようになるんでしょう。そうこんな小さい会社でも、世代交代と現役引退の道筋は簡単ではありません。

もう一昔前の話ですが、息子が大学を卒業して、その土地で働き始めてしばらくして、勤め先を替えようと思うと話されたとき、主人とどうするかを話し合ったことがあります。

そのままにしておけば他のところに移って、また新たに仕事を覚えていくのだろうし、そうなればこの会社のことが遠のくことは間違いない。それでいいのならそうしようかと。

元からこの店は、先々代が奉公先から引き受けたことから始まっているわけで、私たち夫婦は、両親の意向を汲んでこの仕事をしてきただけで、取り立てて永く続けていこうなんて思っていたわけでもなくて、でもいろんな方々のお引き立てやお力添えをいただいて、二人だけでもここまでやってこれたということもあって、考えはまとまりませんでしたね。

私たちの時代のような辛い仕事はさせたくない、わたしどもも将来にわたってその補助や援助をする気もないと無い無いづくしの中、決め手になったのは、HPを作らないと後がないという主人の考えでした。

福井でもすでにスタートしていた会社は、すごい勢いで商売を伸ばしていらっしゃいました。その事例を聞く機会があり、我が家もそうしないと伸びしろはないという考えに至り、息子にその話をしたところやってみたいということで、今の会社の基礎が芽生えました。

あのころから見れば、この会社も多少は世間の皆様に知られるようになり、ご利用いただく機会も格段に増え、何をするにも二人だけという頃から思えば、メールやお電話でお話しできる機会も増え、弊社においでいただいて直接お話できることもあり、人と人との暖かいお付き合いができるところにまでなってまいりました。

ありがたいことです。

息子に社長を譲った主人は、工場長としてまだ現役続行。私の経理の仕事は、息子の嫁に引き継いでもらわないとと思っているので、孫がもう少し大きくなるまで現役でいないといけないよう。 で、最初に書いたように少しずつパーセンテージを落としながら、引き渡す時までこのパソコンの前に元気でいましょう。

今日は14日の金曜日、明日は15日(土)で午前中の営業です。ご予約分の製造、店頭販売と梱包出荷作業、そして集金と支払業務をします。

「午前中」のみの営業といいましても、製造しないと出荷できませんので、前日(金曜日営業時間中)までにご予約をお願いいたします。土曜日は正午に集荷の予約をしていますので、前日に製造の準備をしておかないと時間に間に合わないことも考えられます。ご不便をおかけすることもあろうかと思いますが、なにとぞご配慮をいただきたく改めてお願い申し上げます。

では、週末などのお話はまた次の機会にいたします。ありがとうございます。

 

これはブログには全く関係ありませんが、大阪へ行って鑑賞してきた「大兵馬俑展」のレプリカの兵馬俑さんたちです。どうしても気が惹かれる方々です。2016-09-24-14-01-15

 

2016-09-24-14-00-17

 

 

 

 

8月に入りました。暑い日が続きますね。

久しぶりにブログを書いています。

この春に社長が交代してから、何かわかりませんが変わってきたように思います。

仕事に対する気持ちなのでしょうか?

緊張感をもって仕事にあたるのは当たり前なのですが、細かい事柄を一つ一つ確認して製品を仕上げていくことが、だんだん辛く重くなってきたような感じがあります。

年齢に付随した疲れとかダメージもその一因かもしれません。

60歳が定年という世情を実感している私がいます。

やはり疲れ方が違うのと疲れが取れないんですね。

世代交代がうまくいかないこともありますか。

会長の仕事、私の仕事、完璧に引き継いでくれる人はまだいませんね。

このままでは進歩がない。新しいことに向かう時間がない。という思いだけ渦巻いています。

こんな時は、自分の中を見ることはやめて、体を動かした方がいいですね。

仕事してきます。お盆までは忙しい。頑張って働きます。

 

2016-07-23 12.17.30

先日お昼を食べにうかがった竹田の谷口屋さんの半分油揚げとそば定食です。なかなかのボリュームで美味しかったですよ。

 

お得意様各位、ご注文いただきありがとうございます。

誠心誠意美味しいそば粉をお届けします。

お盆でお集りのご家族やお友達様に、美味しいお蕎麦をご提供ください。

今後ともカガセイフンをよろしくお願い申し上げます。

 

 

2月22日 20日を過ぎると事務作業が忙しくなってきます。

こんにちは。

先週は冒頭にふたたびの大雪の洗礼を受けて、風邪をひきこんでしまいました。何とか体調は戻ってきましたが、今週もまだ少し影響を引きずっています。咳がとまらない時があります。皆様も気をつけてくださいね。

事務作業を手伝ってもらうつもりで来てもらっていた若い女性は、体調不良とのことで、先月末に急に辞めてしまいました。最初は間違いなく仕事を覚えてもらうために、ゆっくり少しずつ教えていたのですが、それが彼女の思いとは違ったようで、もっと仕事がしたいと、先輩の采女さんに話していたとか。

「もっと仕事がしたい」とはとても楽しみな言葉ですが、そう言えるまでにこちらが望んでいることを完璧にこなしてくれないと次は教えられません。

その間に、面接等では申告しなかった病気が悪くなってきていたようです。1か月に1度の検診の時に伝えられた言葉にかなりのショックを受けてきたようで、「昨日はどうだったの?」と聞くと、涙をポロポロとこぼします。その日、昼食に出ていくと、昼時間が終わっても帰ってきません。

どうしたのかと思っているうちに、電話が鳴り、「このまま仕事辞めさせてください」と言ってきました。もう青天の霹靂そのもの。いったい何があったのか、事情もよくわからないうちに退職の手続き。今の子ですね。

これから決算事務が始まるまで、もう少し作業を進めて、慣れてもらったら今年は助かるなと思っていた矢先だけに、つくづく人を雇うことの難しさを思い知りました。また、私一人でするしかないですね。昨年秋に税務調査が入って、特別何も問題なく終わったということを思えば、今までの私のやり方で悪くない、間違ってもいないということでしょうから、変わりなく同じように処理していくだけですね。ただ、私も毎年この時期の疲れ方がひどくなっているので、少しでも代わりになってくださる人がいたらと思うんですね。上手くいかないのが世の常でしょう。ゆっくり進めていきます。

 

さて、そんな中、孫の幼稚園入園に向けての準備は着々と進んでいて、作って行かないといけない袋物を息子の嫁さんから頼まれたと、娘が出来上がったばかりの数々を持ってきて見せてくれました。

何でも、通園バッグに上履き用のものにコップ入れ3点はまず用意するもので、その他にナップザック2枚とランチョンマットも2枚、それからタオルで作ったお尻敷を3枚程度との事。まあ大変ですね。

布地を買いに行ったら、もうすでに出来上がっているものがとりどり売られていたとのことで、これだけのものを全部自分で作ろうと思うと、時間と労力は半端ないですよね。小さい子供がいると、時間も取れないし、針を触ることも危なくて、ちょっとおっくうになってしまうように思います。

その点、まだ娘は結婚したといっても子供はいないし、何より仕事がアパレルの縫製関係の仕事なので、ミシンはお手の物、気負うことなく普通に製作できてしまうという利点があります。頼もしい~!

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通園バッグの表地と赤い裏地の間には、キルトになった芯地が張ってあるそうで、持って歩いても撚れないし、裏地には縫い目が出ていないので、リバーシブルで使えるようにしてあると、また手さげ部分には、赤い綿テープが使ってあって、子供の手にも優しい仕上がりです。

次はこれ。

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ランチョンマット、表面は濡れてもいいようにコ―ティングされた生地です。何とも可愛い。名前を書くテープもつけてあって、楽ですねぇ。

さてお次は、

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ナップザック2枚。いい出来上がりでした。ピンクと黄色の肩掛紐も春らしくて、フックに掛けられるようにテープもついていて、気が利いてます。さて、そのお次は先ほどの中になかったもので、手拭きタオルのようです。

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孫の大好きなトトロとジジののアップリケ付き。多分見たとたん離さないでしょうね。楽しく嬉しく幼稚園に行ってもらえばそれが一番いい事ですよ。

そして、多分着替えの時に使うんじゃないかと思っていますが、

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タオル二つ折りの大きさの敷物3枚。どれも可愛いですねぇ。

買った物の材料費と手間賃を計算しておかないとと言ってました。こんな可愛いけれど結構手間がかかる物を委託して作ってくれる娘のような人間がいたら、頼みたいと思う人は多いんじゃないでしょうかね?娘はパターンナーをしているので、作る段取りや手順は頭に入っているので、無駄なく仕上げていけます。いいですよね~。

孫に見せに行くと言っていた娘からライン。喜んでる、喜んでる!

下の子が手を伸ばしてくると、その手をパシッと振り払って、自分のものアピール。

自分が使う物ですから大事にしましょう。

さて、私も日計帳の付けあげから始めて、請求書仕上げて、ネットの入金打ち込みまでしてしまいましょう。日はどんどん過ぎていくので、頑張るしかない。

またしばらく月末の請求書と弊社への請求書の始末して、2月の帳簿を仕上げるまでご無沙汰します。約1週間はかかりますね。数字に浸かりまくりますよ。では。

 

 

 

今日でカガセイフンは7周年を迎えました。

おはようございます。

今朝は久しぶりに寒かったですね。

皆様は体調にお変わりはありませんか?

私ども一同は皆元気で仕事に精を出しています。

さて、今日でカガセイフンが誕生してから7年が経過しました。この間には、息子の結婚や孫の誕生もあり、まだまだこれからも地に足をつけて1歩1歩歩んでいかないといけません。

お得意様の皆様にももっと喜んでいただけるようにいい商品を製造していく所存です。応援いただけたら幸いです。

そして、遅ればせながら、平成28年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

また、いつもながら暖かいお言葉を添えて、たくさんの年賀状をいただきました。ありがとうございます。心より御礼申し上げます。

 

私は数年前から年賀状を出さないと決めて実行しています。人様の迷惑にならないように生きようと決めて以来、自分の身辺整理を始めて、大分スッキリしてきました。

人生の「断捨離」を実行しようと思うと波風が立ちます。まだ齢60あたりではなおさらです。二人の妹達にも変人と言われましたが、これから元気でいられるのも10年ほどと覚悟して、自分の事を自分一人で完全に始末できるうちにやり遂げようと思っています。身の回りにゴチャゴチャいろんなものがあることがイライラの原因になるときが多々あるように思いました。だったら捨てよう、それが一番!と

娘も30歳を過ぎたら自立して当然。親のすねをかじることから早く卒業しないと、これからの厳しい時代を生き抜いてはいかれませんよ。わたしでできる事ならバックアップしますが、それもあと10年ほどでしょう。私も命が終わるまでは生きないといけないのですから、自分も大事なんですよね。

 

2015-11-20 19.30.44

(昨年11月に長女が結婚しました。幸せになってと祈りつつ、送り出しました)

 

・・・その中に母は入っていません。母は今特定施設にお願いしています。一人で家に置いておけない状態になってしまった母のことを、自宅で世話してあげられない私を、いつも親不孝な娘と責めています。

母は一人で淋しいかもしれないけれど、手厚く看護や介護をしていただいていますので、私は安心してお願いできます。ゆっくりと養生してと思っています。不遜かな?


2016-01-13 15.46.34

 

まあ今年もいろいろありそうですが、社長、常務、社員の吉川くん、ネット担当の采女さんと新旧女将で頑張っていきますので、よろしくお願い申し上げます。

 

 

 

11月25日水曜日です。福井県産早刈新そば粉は順調に出荷中です。

おはようございます。

11月に入ってからというもの、福井県産の早刈新そばの出荷に忙しく、ブログには全く手を出せずにいました。おかげ様でとても出来のいい新ソバが収穫されて、お届けしましたお客様からとても美味しいとのご感想をいただいています。ありがとうございます。

そして、この連休には、福井県産業会館にて、第20回素人そば打ち名人大会記念大会が催され、たくさんのご参加とご観戦の皆様をお迎えいたしました。こちらもありがとうございました。

ただ、今回の大会には私は関係できませんでした。今年初めての企画で「トコトン!福井のおろしそばバスツアー」が運行されて、そば粉製粉工場見学は弊社の担当でしたので、午前中から工場内の掃除に精を出していました。これがそのチラシです。なかなかたっぷりの内容です。

 

2015-11-25 12.22.45

 

朝一番で会場の様子は見てきましたが、名人戦に出場される選手の方々は、緊張と意気とが相まっていらっしゃるように見えました。毎年のことながら、ここまで勝ち上がってこられた皆様には頭が下がります。皆様が名人位になれるといいんですのにね。でも、出店しているお店のお蕎麦食べたかった!開店前にもう会場を後にしたので、今年は蕎麦の食べ比べはできませんでしたよ。残念!

当日の午後2時過ぎに弊社前に大きなバスが横付けされて、参加社の方が降りてこられて、弊社の狭い事務所で一服です。急いでお茶をお出しして、その間に常務がいろいろご説明させていただきました。福井の玄蕎麦のこと、石臼での製粉のこと、そば粉の種類などご質問もいただきながら、半分ずつ工場を見学していただきました。工場も広くはありませんから、いっぱいいっぱいでしたね。

皆様にお土産として、弊社自慢の蕎麦掻そば粉「一乗」をお持ち帰りいただきました。ご自宅で蕎麦掻にしてお召し上がりください。蕎麦の旨みをたっぷりと堪能していただけますよ。

こんな感じでいかがでしょう?2015-11-23 12.50.55

さて、今日は朝一番で社長に新そばの抜き実を作ってもらい、それを桶に受けて、皮付きの玄蕎麦を取り除く仕事から始めました。おかみの内職です(笑)

県内のお料理屋様からのご注文です。綺麗な青々とした抜き実になりましたよ。午後から来店されます。間に合ってよかった。

2015-11-25 12.13.23

 

この日曜日には弊社の社員、吉川君に大会の手伝いをしてもらったので、今日はその代休で配達にうかがっている彼はお休みをいただいています。そろそろ忙しくなってきましたので、私もこの記事をアップして工場に入ります。福井のお蕎麦屋さんがお休みの水曜日でも、いろいろ注文が入ります。それも、手間がかかるご注文が入ることが多くて早く作業に取り掛からなくてはいけません。頑張ってきますね。

 

 

 

 

 

梅雨というのにこの暑さ!お体をおいといください。早くも1か月が過ぎてしまいました。

今日は7月15日水曜日です。

夏休みに入ると結構忙しくなってきますので、今週はその準備をしている感覚です。今日は集金日で支払日なので、入出金の為のパソコン作業に時間を費やしていました。

それにしてもここ4日間、福井は連日35度越えで体が辛くてどうしようもありません。皆様は体調をくずされてなんていませんよね。ご自愛くださいね。

 

さて、あれから母は基幹病院の県立病院からリハビリ専門の病院に転院して、今は自宅復帰に向けて自分の事で自分でできることを繰り返し練習しています。実は、前のところにいる間に少し認知症になっていて、忘れるんですね。いろんなことを。悲しいですが。

トイレも手伝わないと完全にはできなくなっています。最後のズボンを上げるところまで見ていて、できない時にはこうしてすると簡単に上がるよと言いながら、衣服を整えて、ベッドに戻します。

これを自宅介護になると全部私がしないといけない。はっきり言って無理です。

夜も2~3時間おきにトイレに行くのについていると日中仕事はできなくなるでしょう。デイサービス、訪問看護、ヘルパーさん等いろいろ使いながらの介護でも、夜は私だけの肩にかかってくる。年のせいでもあるでしょうが、夜できるだけ寝ていないと仕事はできません。どうなるかな?と不安を持っている毎日です。

ケアマネさんにどこか預かってくださる所はないか探してもらっています。親不孝と言われようとも現実にできないことはできないんです。私の仕事を代わりにきちんとしてくださる人がみつかって、育つまでしばらくかかります。その間はまだ会社から離れられない立場、きついことでもありますね。

でも、母は介護の中でも中途半端なところにいるんですよ。認知はあるけど普段のことはできるし、話もできるし、着替えも大丈夫、でも、手助けがいるから一人ではいられない。特養には介護度が低くて入れないし、かといって自立していないので、サ高住では無理だし、結局一番入れそうなのは、介護付き老人ホームと言われるところですが、そのあたりの施設は数が少なくて、入れ替わりもあまりないので、空かないんですよ。

どうなるのかなぁ。割にこういった施設が充実しているといわれている福井県ですが、いざ探し始めてみるとなかなかここが丁度いいという施設は見当たりません。どうしよう。ケアマネさんよろしくお願いします。頼りにしてます。

地方に介護難民になっている都会のご老人を移住、入所させるという話が合ったかと思えば、地方は人口に対してベッド数が多すぎるから、徐々に3割ほど減らしていくと言う話も聞こえて、いったい誰がこんなことを考えているのか聞いてみたいですよ。介護で困っている者は藁にも縋る思いで、自分の家族が生きられる場所を探しているのに、たぶん笑いながら、机上の空論をぶっている人間がいるということですよね。本当に住みづらい、生きにくい時代になってきましたね。私たちはどう自分の始末をつけたらいいのでしょうね。母のことと共に自分のことも考えなくてはいけないようですね。

さて、また病院に洗濯物を持って行って、持って帰ってこないといけません。なかなか忙しいもんです。

では、今日はこのくらいで…

あ!でも、最後に一つだけ。

もうすでに常務がたくさんお知らせしていますが、今週からこの7月に収穫された産の福井産の新そばを製粉しています。種は北海道のキタワセ種ですが正真正銘の福井産まれの夏そばです。今日でだいたい製造ラインができましたので、明日からは本格的に出荷させていただけます。食べてみたいなとお思いのお客様のご来店、ご利用をお待ち申し上げます。

試し打ちした夏新そばを試食しましたので、その写真をアップして今日は終わります。また近いうちに書けるように時間がつくれたらいいなと思っています。ではきょうはこのくらいで。

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今日は6月12日金曜日です。すっかりご無沙汰してしまいました。皆様お元気でしょうか。

おはようございます。

桜から若葉になり、梅雨に入りそうな季節(北陸はまだ発表されていませんので)です。

皆様はお変わりございませんか?

3月あたりから母の体調がすぐれなくて、おかしいなぁと思っていましたら、4月も下旬のゴールデンウイークの時期になって、腰が痛いと言い出し、整形外科だの循環器科だの医者めぐりになりました。

結局5月の連休中に入院ということになりました。

実はこの時私は東京に行く用事があり、、母の具合を見てどうしようか迷っていたのですが、どうしてもはずしたくないものでしたので、ショートスティをお願いして出かけました。ケアマネさんには何かあったらすぐに電話くださいとお願いしておきました。

 

5月3日から5日の3日間の予定で、新しいお得意様へのご挨拶やずっと弊社からガレット粉をお届けしているお得意様をお訪ねして、ガレットの出来具合や新しいメニューを見させていただきました。

原宿の竹下通りからちょっと横の道に入った所に新しいお得意様 「手打ちそば野むら」様があります。ただこの日は竹下通りには通行規制がかかり、そこへ入れない事態に。人が集まり過ぎですよ。私は明治通りから入ろうと思いましたがあきらめて、少し先に東郷神社へ入る道がありましたので、入っていきました。

私はこういう場所も好きですねぇ。すぐ近くの喧噪などどこの話かと思える程の静けさ。池があって、散策している人がいて、結婚式も執り行われていてゆったりとした時間がありました。でも先を急ぐので、楽しみながらもさっさと歩いてそのお店の前に到着。でも~!お休みでした。ざ-ん-ね-ん!

そうですよね。こんな人だかりの中での営業なんて無理ですもの。で、ボケてしまいましたがお店へのアプローチをパシャリ!してきました。地下にある手打ちそばのお店に興味津々。また参ります。

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ここを後にして、次に向かったのは神宮前のガレット店 カフェラカンドエトセトラ様です。

歩いて10分ぐらいでしたか、でも何度来ても迷ってしまいます。慣れている人には大して難しい場所ではないのでしょうが、歩く道がちょっと違っただけでもわからなくなってしまう田舎者ですわ。明治通り沿いに見慣れたビルがあって「ああここだここだ」と信号を渡り、道なりに進んでいくと小さい可愛いお店がありました。

すぐ前のイタリアンのお店では、外ブランチ?なのか大きいテーブルに座った6人ほどの男性が盛り上がっていました。ワインなのかビールなのか、連休の午後を楽しんでいらっしゃいましたねぇ。

ラカンド様へはこれで4度目ぐらいですか、時々にお邪魔して、弊社のガレット粉の状態などをおうかがいしてきました。いつも勉強させていただいています。今日は新しいメニューをいただきに。

ガレットはもちろんいつも美味しいんですが、そばのキッシュがあるとお聞きして。どんな感じなのかなぁと。お店に入るとバッと目に飛び込んでくるメニューの書かれた黒板たち。美味しそうなものばかりです。

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そばのキッシュのセット シードルとともに という感じです。野菜もたっぷりで美味しそう~。

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キッシュの皮(?)の部分。 弊社の丸挽きそば粉「越前」を使用されています。

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サクサク感があって、中はグラタンよりも濃い目のソースをまとったお野菜たちがたっぷり入っています。蕎麦ながら蕎麦ではないものをいただいて、美味しさを再確認してお腹もいっぱいになって、幸せでした。

お土産にチャイのセットを買ってきました。ソバクッキーがついていて、素朴な感じとおしゃれな感じが相まって、福井には絶対ないものだなと思いました。蕎麦も使いようで面白い素材だなと改めて感じた次第です。ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

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二日目は、いつも大変お世話になっておりますお得意様へ向かいました。上野藪そば様へ。

春はお花見のシーズンで毎日弊社のそば粉をお届けしていますし、この連休も毎日のお届けで、ご利用いただきました。開店時間前に到着しましたが、もうお客様が並んでいらっしゃいました。私は改良工事後に1度うかがっていますが、まだ2階へ上がったことがなかったので、今回は2階でいただきました。

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せいろとお銚子なんて東京ならではの蕎麦食。これがいいんですよ、日本酒好きには。江戸そばでも弊社のそば粉をお使いいただいているだけにとても美味しく、有難いことです。

壁には、福井人が誇る書家 吉川寿一氏の書が掛けられていました。

いつも鵜飼会長様には福井で催される素人そば打ち名人大会の審査委員長をお引き受けいただいていて、毎年11月には福井へおいでいただいています。吉川様も同じ審査委員を何年もお引き受けいただいています。一昨年まで審査委員の皆様の接待を私が担当していました時に、お二人からあたたかいお言葉をかけていただきました。その節はありがとうございました。

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レジの横にお土産にちょうどいい乾麺やそばつゆと、このそば味噌が並んでいたので一つ購入しました。アルコール類をお願いすると、小皿にのったこの味噌を持ってきてくださいます。後味がちょっとピリッとして美味しかったですよ。

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さて、ここでしっかりおなかがふくれてしまったので、方向が同じと思い、スカイツリーへ行ってみることにしました。もうずいぶん時間がたっているので、展望台へも上がれるだろうと簡単に考えて行ってみると、「本日のチケットは販売終了しました」。甘かった! マ!いいっか!

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とってもいいお天気に、東京へ来たぞーという気持ちになりまして、パシャリしました。

さて、夕食時を避けて、早めに六本木ヒルズへ向かいました。霞町そば処ますだ屋様へ。やはり連休でお店は混んでいました。何かほっとします。

でも、列に並んでいると携帯が…。ちょっと嫌な予感。

 

やはりケアマネさんから。母の様子がおかしいようで、明日その施設まで行ってくださいとの事。困りました。指定をとってある新幹線は夜6時台、それでは遅すぎるでしょうから。

ご挨拶とお蕎麦をいただきたかったのですが、急遽戻ることにしました。地下鉄で浜松町まで戻り、JRの窓口で指定を取り直してもらいました。お昼に福井に着く電車が何とか1席空いていたので、新幹線は自由席利用で帰ることにしました。心配半分、苛立ち半分が正直な気持ちでした。介護する立場にいるものにはあるまじきことかもしれませんが、そうでした。

次の日、福井に帰るとすぐに車を走らせてその施設へ向かいました。母はたった2日なのにやつれた感じを受けました。病むというのはこういうことなのかと思いましたが、とにかく近くの福井県立病院の救急へ連れていきました。

心臓と腎臓の働きが弱っているという説明を受けて、入院してこの状態を改善しましょうと言われました。そのまま入院です。施設から持って帰ってきた荷物をほどいて、入院に必要なものを用意して、病院へ持ち込んで、まだ足らないものがあったのでもう一度家へ帰り、用意して病院へ。

帰ったそのまま動いていたのでこのあたりで私にも疲れ感が出てきました。でも、休む間もなく母の病室のロッカーに衣類を納め、タオルを敷いて枕や肩口が気持ち悪くないようにしていると看護師さんが来られて、これからの看護の方向を書いたものに署名してくださいと言われます。

「ベッドの上での治療になる」とあって、その次に「おむつを使います」とありました。目を疑いましたが、しばらく利尿剤を投与して、体の中に溜まっている水を出してしまうためですと説明されるともう何も言えません。布団を汚す可能性があるので防水シートを持ってきてくださいとも。

母がおむつ生活になる…受け入れられない事態と思いながら、名前を書きました。その日から私の葛藤の始まりでした。同情と反省、人間は当事者にならないとわからないことがたくさんありますね。辛かった。

また書きます。病院へ行ってこないといけませんので。