2月19日(火)、今日は財津さんのお誕生日です。

こんばんは。

今夜は珍しく一人で夕食をとりました。
母は先に寝てしまい、主人は会合、娘はまだ帰ってこず、
一人でTVを見ながら、お銚子をお供にのんびり食事してました。
お風呂にも早く入って、今裁縫箱を横に置いて繕いものをしています。
こんな時間も大好き!一人っていいなぁと思います。
さて、今日はTULIPの財津和夫さんのお誕生日です。
65歳になられました。
60歳の頃よりお元気ですよ。
もう歌をやめようとか声が出ないとかいろいろおっしゃってましたが、
TALK&LIVEツアーやTULIPライブを重ねるうちに
とてもいいお声になられました。
そして今日は地元のFBCラジオの番組にリクエストをしました。
“メモリアルミュージック”というコーナーがあって、
その日に関係のある曲をかけてくださるので、
「今日は財津さんのお誕生日なのでお願いします」という
メッセージを添えてメールを送ったら採用してくださいました。
「人生の始まり」という曲♪
この曲が入っているアルバム「Welcome to my house」は
財津さんのお声が良くて、リードギターの安部さんのボーカル曲が2曲もあって、
「博多っ子純情」も入っていて、数ある中でも好きな1枚です。
同時期に発売されたシングル盤(ホントに古いなぁー)の曲、
「ブルースカイ」と「恋人への手紙」もどちらも大好きです。
この頃は財津さんはヘビースモーカーで、痩せていて、格好よかったんです。
でも、とんがっていらっしゃいました。
ライブ中にいろんなことを話されましたが、何を思われたのか煙草をやめて、
パーマをかけたのですが、パンチっぽくなって全体に太った中年のおばさまみたいになられました。
でも声がとーっても素晴らしくなられて、次のアルバムの「約束」につながり、
「虹とスニーカーのころ」の大ヒットになるのです。
そう、懐かしく思いだします。


私にもいろいろ情報を流してくれるファン友がいて、

ある時、玄そばの取引先の商社さんから東京見物に招待され、
父母私妹二人の五人でおのぼりさんになりました。
すると、大阪の友人から、
「東京へ行くのなら私のお願いを聞いて!」と電話が入り、
財津氏の住所と厚めの封筒が速達で届き、
「これを財津さんに届けて欲しいの」という手紙がありました。
どこかで財津さんと一緒に撮った写真が入っているとかで、
送るより手渡しの方が絶対にインパクトがあって私の事を思い出してくれるし、
私を覚えてくれると思うからとのこと。
「財津さん命」の女の子達が確かにいました。
自分に向いて欲しい、好きになって欲しい等々、
今のジャニーズ系ファンの子達と何にも変わりませんよね。
私は地理に詳しくない東京で一人乃木坂に向かい、
案内板を頼りに探していると、それらしきマンションがみつかりました。
女の子達がたまっていましたから。
書いてあるナンバーの部屋の前まで行って、
何にも思わずにチャイムを鳴らすこと二回。
ドアが開いて、なんと!まさか!本当に!財津さんが出ていらっしゃいました!
ここで初めて本当に財津さんの部屋なんだと実感!
「友人からこれをあずかってきましたのでお渡しします」というようなことを
言ったと思いますが、「あ! ありがとう」の財津さんの言葉しか覚えていません。
玄関にはTULIPのFCの会報に写っていたとおりに、靴がずらーっと並んでいました。
これだけあると下駄箱には入りきらないなとも思いました。
それきりで帰ってきましたが、財津さんも部屋にいるんだとか、
みんないろんなことを知ってるんだなぁとか、
福井の田舎もんにとっては不思議に思えることばかりでした。
その後、私も財津さんに手紙を出したり、一緒に写真を撮る機会もあり、
もっともっと好きになっていくわけです。
遅くなりました。今夜はこのあたりでおやすみなさい。