30年度の福井夏の新そばは、収穫が本格化するタイミングで長雨にさらされてしまいほぼ100%穂発芽してしまうという状況になりました。発芽していない粒でも実の中で根が動きだす、いわゆる「酵素活性」が起こっており、糖の変質によるソバの風味や味、繫がり具合が懸念されました。(※弊社サイトで販売しております夏の新そば粉は穂発芽していないものです)
そこで、穂発芽した夏新そばを福井県食品加工研究所へ持ち込んで糊化特性や食味、製麺性などを分析していただきました。(穂発芽についてはこちらのブログで説明しています)
穂発芽した夏の新そば(キタワセ種)糊化特性、食味、製麺性について
- 幼根が5mm以上伸びている穂発芽粒は糊化時に大幅な粘度低下をきたす
-
穂発芽粒100%のそば麺を食味評価したところ、正常粒のソバに比べ、食感、味の低下が認められた
-
ソバ由来のアミラーゼ活性は、ソバ粉よりも小麦粉に作用しやすいことから、小麦粉との混合は避けた方が良い
-
そば粉には麦芽糖(二糖)をブドウ糖(単糖)に分解する酵素が含まれており、小麦粉には澱粉を分解して麦芽糖を作る酵素があるのでつなぎ粉を加えることによって相乗効果で甘みが増す
-
正常粒に穂発芽粒を10%程度混合し十割ソバに利用する場合、食感に対する影響は概ね緩和できると考えられる
②の「正常粒に比べ、食感、味の低下がみられた」というのは、食品加工研究所にある十割ソバ製麺システムで製麺したそば麺を職員で食味試験した結果、正常粒のそば麺に比べて硬さ、弾力性という点について穂発芽そば麺は、柔らかい、弾力性がないという評価になります。福井の場合、ある程度の硬さと弾力性のあるコシの強い麺を高く評価しているからだそうです。
味については、穂発芽そばは正常粒に比べてソバ本来の味とは違う、違和感があったのではないかと感じられるとのことです。
また、興味深いのは③④です。ソバ由来のアミラーゼは小麦の澱粉を分解する作用があるので甘味が増える可能性があり、つなぎに小麦粉が入った方が甘味は強くなるそうです。工程は違いますが、これは長野県上田市の有名なそば店おお西さんの「発芽そば」と同じ原理なんだそうです。僕は2度ほどこのお店に行って発芽そばをいただいたことがりますが、そばの甘みが強く、うどんともラーメンとも異なる独特のモチモチ感がありました。また、発芽によるものなのかどうなのか分かりませんが、なんというか油っぽい草の香りというか枝豆の皮ような独特な香りがほのかに感じたことを記憶しています。
これだけを耳にすると蕎麦好きにしてみれば、食べてみたい・・打ってみたいと思われるかもしれません。
しかし、一つ問題点があります。それは甘みが増す=小麦のデンプンが糖に変わるというのは、言い換えれば小麦粉のグルテンやデンプンを分解するという事です。
打っている時は特に問題なく打てます。問題が起こるのは茹でる時。熱で消化酵素の働きが活発になるので、茹でた後にボロボロ切れ切れになってしまいやすいのです。なのでこの発芽そばを綺麗な麺線に仕立て上げるのには、そば粉の性質を見極めて打ち方や加水のタイミングなどを測れる熟練の技術が必要になっています。
もちろん小麦粉なしの十割で打つのもありです。
小麦粉が入らなければ消化酵素による分解(麺が切れる)も起こらないわけで、穂発芽そばの甘みをストレートに味わうことができます。ただこれはこれで十割を打つ技術が必要になりますし、小麦粉が入らなければすごく甘みが出るという事もないので、通常そばよりは甘みが強いと感じるくらいです。(穂発芽そばの十割打ちについてはこのブログで紹介しています)
今回、はっきりと穂発芽したソバを見たのは、僕がそば粉屋の仕事をするようになって初めてでした。
製粉して、打って、食べたことはとてもいい勉強になりました。今までは穂発芽してしまうと味や香りはもちろん、繫がりにくくなって売り物にならない=商品価値がなくなるという風に思ってきました。でも実際にやったことがあるわけではなく、父や農家さんから聞いたことを鵜呑みにしていただけです。
しかしこの経験から感じたのは、穂発芽したら商品価値がなくなるなんてとんでもなくて、むしろ別の価値が生まれるということでした。確かに製麺性は悪くなるし香りも別物になってしまうので、合う合わないはあると思います。でも穂発芽したソバにしか感じられない味わいがあるので、ソバの世界が大好きな人にはトライしてみてほしいと思います。
今後、穂発芽する年があった時には、穂発芽そば粉として販売する事も検討してみたいと思います。